第7回 全国キャラバン in 北陸報告


JASC全国キャラバン実行委員長  JM1RIU 福田修二
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5月26日(土)
JM1RIU福田キャラバン実行委員長、横浜より本部着。打ち合わせでは05:00AM集合・出発。駐車場にはJA7EDR内山7エリア代表の車が。EDRは仮眠中か。
 JH1GDW田原JASC会長は自宅で“半睡”状態。ケツを叩いて「起床!起床!」。食事の時間も惜しんで携行品の点検。時に05:45AM。JR1RJN田原会長夫人千代子さん手作りおにぎり弁当を積み、見送りをうけて出発。途中、7M4NFX並木JASC・HP委員長、JF1JDA手島1エリア事務局長をピックアップに向かう。
 今回、JARL総会会場でNFX考案のループアンテナを公開することとしている。
関越自動車道
06:10AM、同行のJJ1HWQ田原Jr.は既に先行。関越道に入り、HWQをコール。音声はキャッチ。だが意味不明に悩む。三芳PAで確認すると、ヘルメット内にマイクを取り付けていて音がコモル状態であった。さらにそれが原因かどうか、後輪フェンダーに取り付けたアンテナが風圧で倒れ、水平偏波状態。不安でもあったが藤岡JCTまでは順調にコンタクト。
 藤岡から上信越道に入り,記念カードの発行をサービス開始。小諸,上田、更埴市と抜けるころ、車内の話題は信越地方がキャラバンの第1回だったことに集中。当時はオリンピック前で、高速道路は工事中、長野市内は街路拡張と施設の建設ラッシュだった。地元局とのミーティングでは大勢のOMさんにお集まりいただいたことを思い出すなどCQを出しながら賑やかに走った。このコースはトンネルの出入りの度に感度が落ちて中途半端なQSOになった。信越道で交信を期待していた各局には申し訳なかった。

 
やがて上越JCTから  
北陸自動車道に。柏崎市を通過するとき、当市の福祉関係者の適切な対応を思い出した。
 その後の各訪問先行政機関では対応がかなり杜撰なところがあったりして印象はすこぶる良い。北陸道は日本海に沿って走る。ロシア沿海州や北朝鮮からの入感を期待、HFでのQSOを試みたがサッパリ。145MHz、430MHzはモービル運用局が少々コンタクトできた。
 早朝出発のためメンバーが空腹を訴え始める。RJN心づくしのお握り弁当はとっくに姿を消していた。海岸へ出ればキット美味いものだらけでアロウ、デワここから下へ降りるベシ。能生ICでR8号へ。道路標識に従って糸魚川方向へ。
 国道であるのに食堂が見当たらない。道路は町の外郭を通っていると気づいたのはズーッと町から離れてのこと。幾度もソレらしき建物を見るのだが、どう見ても営業中とは見られないのだ。ヒョットしていま走っている国道は新道?。ついに業を煮やして「えいっ、この店、この店」と入ったのは都市の近郊で良く見かけるファミレス風食堂。
ヤッパリありました
トンカツが!。アノ御仁はよっぽどトンカツに恨みでもあるンじゃねーの?。とでも勘繰りたくなるような喜びの声をあげる人がいて。で、やっぱり注文しましたョ。海岸へ来たのだから「絶対に刺し身定食、二人前!」の人もいたりして賑やかなテーブルでした。お値段?、まぁまぁじゃない?。ご飯も、メンバーにいる米の生産者は小首をかしげていたけれど、都会派は満足していたミタイ。

R8号に出た
 もう一つの理由は『親知らず』の景観に触れたい、との希望があった。左手はるか高いところを道路が走っている。北陸自動車道か。その下はJR北陸本線か。国道の下にもう一本道路がある。あれは旧道では?。やがて九十九折れの隧道が続く。この隧道がタイヘン!。細かいカーブの連続で、大型車がウナリをあげて行き交う。ESTIMAごときは弾き飛ばされそう。
 ドライバーはNFX、JASC in 四国のときもこう言う場面では真骨頂を発揮していた。RIUなどとっくに目を回してゼイゼイ喘いでいる。やがて「親知らずピアパーク」。ナンの変哲もない駐車場だ。ご所望の断崖絶壁の景観には接しられないが、崖っぷちの隙間から辛うじて見える海岸は白波が牙を剥いている。往時、旅人の労苦をかい間見えたような気がする。
そこから富山市まで
 高速か、一般道か。衆議は、倹約、ケンヤク。再びR8号で移動開始。入善、黒部、魚津、滑川とサービスを続けてやってきたのは上市町。どこか高〜いところでCQをだそう、とのことで探したのがここ。持参の地図と車載ナビ情報に頼ったのがアヤマリの始まりだった。ここまで、視認距離にいたHWQとはぐれる。道に迷っているのじゃないかと盛んに呼びかけるGDW。当局にかまわず先行されたい、と健気なJr.の回答にもオロオロと半狂乱のテイで案ずる姿には強い父性を感ずる。
 毎度のことながら、このナビ情報のケッタイさ。またまた民家の軒先をかすめて走らされた。狐・狸に化かされているミタイ。あれやこれやで富山市内に入ったのは午後四時過ぎ。HWQは宿舎の玄関で待っていました。

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